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2017/09/21

砂の時計台 Ep.4-2

********************
 
色とりどりの緑。
その光が透かされた白い四角い箱の前に、彼女は佇んでいる。肩にかかるくらいの苔色の艶やかな髪がとても美しいと、少年は思っている。けれど口にも態度にも出したことはなかった。少女に手を出すにはあまりにもリスクが高すぎた。少女は【彼】のものだ。そして少女の心もまた、【彼】のもとにある。それは暗黙の了解だった。今更覆すことはかなわない、暗黙の習い。
そうだと知っていながら、それでもその傍で悶々と苦しんでいる侍りの少年のことを思って、彼は薄く笑みを浮かべた。憐れなことよ。お前には何も手に入るまい。これはお前のためのものではない。王様のためのもの。王様のために生かされている宝。
それにしてもとても綺麗な子だ、と少年は改めて感心しながらその横顔を見ていた。
少女とも少年とも言える端正な顔立ちに顔つき。まるで、孤独な鬼才の彫刻家が作り上げたかのような閑散とした作品。
この世界には汚れたものなんてほとんどいないけれど、その中でも目の前の少女の濁りのなさは誰にも真似できないのではないかと思った。この世界を支える柱である人形を除けば。
けれど、あんな人形なんて何の意味もない。
―僕が欲しいのはあんな心もない人形なんかじゃない。
こうして、一定の距離を置いて彼女を眺める時間が、すべての時間の中で一番好きだ。
欲しいという渇望。支配したいという欲望。罪を犯したくなる高揚。そんな自分を嘲笑う冷笑。
その狭間に身を委ねることのなんと心地よいことか。
髪と同じ苔色の長い睫毛が微かに震えた。少年は薄く笑った。いつ気づくだろうかと待っていた。
少女は眉をひそめてこちらに顔を向けた。
「なんだ。お前、来ていたんだ。気付かなかった」
少女は嘆息する。気配を感知する術には長けているはずだ。それでも彼女に気付かれない自信が少年にはあった。誰にも、【王】たる【彼】にさえ気づかれないように、陰ながら少女に焦がれるためには、気配を隠して眺めるしかないのだ。物心ついた時からずっと、そうしてきた。初めて近づいて、ひどく折檻されて以来、一度もしくじったことはない。少年は学ぶ術に長けている。
「やあ、セラエ」
ヨーデル=セラエは、頬にかかった髪をうるさそうに首を振って払った。
「で?そっちの様子はどうなんだ。僕はそれだけ聞いたら帰る」
つっけんどんな物言いに、胸の渦の芯がくすぐられる心地がする。とても気持ちいい。
こうして、ただ、王様の安否を知るためだけに自分と、何よりも不快な自分と接触を持とうとする。なんていじらしい。なんて、浅ましい。
「エウロラ様なら、息災にしていらっしゃるよ」
「そう。で、相変わらず諦めていない、ってところ?」
「そうですねえ」
にこにこと少年は笑う。ヨーデル=セラエは大きく嘆息した。
「その笑いやめてくれないかな。気色悪い。あんたほどそのはりぼての胡散臭い笑い顔が似合わない人間はいないだろうよ」
「またまた」
少年はくすくすと笑った。
「その気色悪い人間と同じ術で世渡りしている人のセリフだとは思えませんねえ」
ヨーデル=セラエは何とも言えない表情になった。自覚はあるらしい。
「どうして僕の真似をする必要があるんですか?あなたを見ていると、まるで鏡を見ているかのようなんだ。僕そのものの表情で、作り物の笑顔で君の【お友達】と接していらっしゃってねえ」
「し、仕方ないだろ」
ヨーデル=セラエが微かに頬を紅潮させた。
―お。
少年は心の奥が疼くのを感じた。これはそう、きっと嬉しいのだ。自分はきっと今、とても嬉しかったに違いない。こんな表情を見れただけで今日は満足だ。
「僕はあんたほど世渡りのうまい人間を他に知らない。あんたのように生きるしかないだろ。だってそうしなければ・・・人脈を作れない。僕は人との付き合い方なんて、知らないんだ。覚えることのないように植えつけられてきたんだから」
「そうですよねえ。そうは言いながら、あの少年には随分と心を開いているじゃないですか」
「は?誰のことだ」
ヨーデル=セラエはしばらく逡巡した。
「少なくとも、エルロアの末裔には僕は何も許してはいないけど」
「やだなあ、そうじゃないですよ、あの煙の子」
「は?」
少年の心になにか赤黒いどろどろとした誇り混じりの液体が駆け巡る。これは、なんだろうといつも思う。心臓がつぶされるようなどきりとする感覚がある。
「はぁ?あんた何言ってんの?どこをどうとったらそうなるの?あれは僕を毛嫌いしてるだけでしょ?」
彼女は心底呆れているようだった。ややあってものすごく睨みつけてくる。
「ちょっと待て。あんた、どこから見ていたんだ」
「さぁ?」
「相変わらず気色の悪い奴だな」
「やだなぁ、そんな僕と同じ演技をしているんですからあなたも十分気持ちの悪い子の仲間入りですよ」
「そんなことは・・・知ってる。だって、だからきっと、エウロラは僕を選んでくれなかったんだもの」
―ああ、そういうことじゃあないんだけど。
少年は心の中でだけ労う。けれど、口には出さなかった。主が、あらかじめ与えられることになっていた家畜を飼わなかったのは、それが嫌いだからだったわけではない。ただ彼が、この世で一番美しいものを欲しがってしまっただけだ。そんなものは存在しないのに。
彼はわかっているはずだった。一番美しいとされている柱もまた、ただの輪郭。中身などない。そんなものに触れても何の意味もない。それなのに主は何故なのか、柱の中身にこだわっていた。少年は知っている。主は柱になろうとしている。あの柱を壊そうとしている。そんなことは到底不可能だと言うのに。なぜそうしようとするのか、それだけを教えてくれない。少年が主に関して分からないことはただその一点に尽きる。他は手に取るように分かるのに、そこだけを巧妙に主は隠している。
―あれ?
ふと、少年は違和感を感じた。煙の少年への、憎らしい気持ち、そう、きっとそれは嫉妬と呼ぶべき感情に気を取られて、思い至らなかった。
あれは、媒介がなければ形をとることはできない存在だ。ただの呪詛なのだから。それなのに彼はたしかに、久しぶりに人の形をとっていた。なぜだろう。そんなはずはないのに。
何故だ?
急激に血の気が引いて行く。こんなにも狼狽したのは初めてだ。自分に視野などもうなくなっていくと気づかされるような感覚。
「ねえ、ヨーデル」
「あんたにその名前で呼ばれる筋合いはない」
「ヨーデル」
少年の声が、震えていることにヨーデル=セラエは気づいて、黙りこむ。驚いて目を見開いた。
まるで、捨てられた何かのような虚ろな目をしている。
―ああ、これだから嫌なんだ。
ヨーデル=セラエは小さく息を吐いた。
この水色の髪の少年が、こういう危うい芯を持っていると知っているから、邪険になかなか扱えないのだ。嫌いだった。大嫌いだ。気色悪いのも本当だ。それでも、振りきれない。心配になってしまう。情が湧いているのだ。それは、彼が唯一、エウロラ=エリオラが心を許している人間だからでもあり、自分をただ一人闇の淵から救いあげてくれた人だと知っているからだ。
「どうして、煙がいたんですか」
「は?そんなの、浮彫がいるからに決まってんだろ」
「そうじゃない。じゃあ、何故、浮彫がいるんですか。そんなはずはない。そんなはずはなかったんだ」
「は?」
話が見えない。ヨーデル=セラエは一歩前に踏み出して少年に近付いた。少年は震える手を口の前にやった。焦点が合っていない。黄緑と桃色の混ざった独特の瞳が見開かれぐらぐらと揺れている。舌打ちをしてその手を握り取った。
「僕を見ろ!」
緩い動作でかたかたと震えながら少年は時間をかけようやくヨーデル=セラエに視線を移した。ヨーデル=セラエは少しだけほっとしてその手を離した。握った手をぱんぱん、と服で拭くようにはたく。それは彼女のどうしようもない癖だった。もちろんこの少年―ユロシアが嫌いだというのもあるが、それだけじゃなかった。エウロラ以外の男に触れられるのは嫌いだ。たとえそれが割と気に入りのキリシャだろうと、ハッカリだろうと、関係ない。誰に触れられても払いたくなる。エウロラ=エリオラだけに触れられたい。触れてほしい。あの腕で抱きしめてほしい。頬に触れてほしい。
「なんだよ、何がどうしたんだ。言えよ。あんたは僕にだけは隠しごとをしないんだろ?そうでしょ?」
握られた手をぼんやりと眺めながら、ユロシアはしばらく何も言わなかった。だが小さくうなずく。まるで幼子のような動作。
「主が殺したんですよ」
ややあって、ユロシアはようやく口を開いた。
「そうすれば柱は空っぽになると思って、殺したんです」
ヨーデル=セラエはどきりとした。頭だけ血の気がなくなったかのように視界がぼやけていく。
「・・・な、どういう、こと」
「浮彫は、主が殺したんです」
「嘘だ」
「本当ですもん。だって」
ユロシアは、はは、と気味悪く笑った。
「その体を僕が燃やして灰にしたんですから。綺麗でしたよ?さすが浮彫だけあって、灰は虹のように光って空に吸い込まれて行きました」
「そんなことしちゃいけないのに・・・!なんでやったんだ!?なんであの人はやっちゃったんだよ!!ば、ばれたら・・・いや、もうばれてるだろう!!どうするのさ!!」
急激に恐怖で体ががくがくと震えた。ユロシアが先刻動揺したのがわかる気がした。
引き継ぎの儀式をしていない。ならば新しいダフネは、本来この世界に存在することができない。
それなのに、自分が出会った少女はたしかにダフネで、ハッカリと共にあった。
それは、自然発生したダフネがこの世界の根本を壊すために生まれたものであるか、
柱が全てを知った上でこの世界を燃やすために造り出したか、ただその二つの可能性のどちらかしかない。
いずれにしろ、柱は、知っているのだ。
誰かがダフネを、殺してはいけないダフネを殺したこと。
もしもそれがエウロラ=エリオラの仕業だともうすでにばれているのなら、きっと彼は消されるだろう。
この世界からも、鏡の世界からも、存在を消されるだろう。
もう二度と会えなくなる。
嫌だった。それだけはどうしても嫌だった。
どうしたらいい。どうすればいい。
「ふふ。そうか、僕たちは何か思い違いをしていたんですねえ」
くすくす、とユロシアは笑う。
「そうか、あいつか」
熱に浮かされたようにくすくすと笑う。
「ロス、なんなんだ」
ヨーデル=セラエの声もろくに聞こえていない様子で、ユロシアはぶつぶつと何かを呟いている。
「ああ、そうか、そうなんだ。きっと、そうだったんだ。僕たちはダフネじゃない、まずあいつを消さなきゃいけなかったんだ。あの醜い化け物を。少し温情をかけてやったのが間違いなんだ。あいつが、すべて、あいつのせいで」
「何を言っているんだよ!」
「鳥」
「は?」
「あの梟、あいつがきっと」
「何の話だよ!」
「いいです?セラエ、君がエウロラ様を取り戻したいなら、あるいは止めたいなら、銀の梟が邪魔ですよ」
「な、んで?なんで急にあいつの話になるんだ?そもそも僕はあいつの顔すら見たこともないんだ。そんなことを言われたって―」
「僕たちだって顔を見たことなんかありませんよ。この世界に生きている人間で、彼の顔を見たことのあるものなんて一人もいませんよ。だって、あれは柱のものなんだもの。柱しかきっと本当の顔は知らないでしょうよ。柱の顔だって、きっと知っているのは誰もいない。いるとすればあの忌々しい梟だけなんだ。だからきっと、あいつを捕まえなければいけなかったんだ。なのに僕らは見当違いのことをしてしまったんだ」
「ま、てよ、待てよ!よくわからないけど、でも、梟が邪魔って、梟がいなくなって喜ぶのはエウロラだろ?だったら僕は協力なんてできないよ!だって・・・僕はエウロラを止めたいんだ。知ってるでしょう?」
ヨーデル=セラエは泣きそうな顔をしている。その顔を見てようやく、ユロシアは我に返った。
―ああ、こんな顔をさせちゃいけなかった。こんな顔を見たいんじゃないんだ。
ユロシアを人として保つとすればそれは結局、ヨーデル=セラエへの愛しさだけだ。執着だけだ。
叶わない、叶うことのない想いだけ。
「違うよ、あの人の願いを途中まででもいいから、少しでもいいから、叶えることが大事なんです」
「・・・どういうことなんだよ」
「だって」
ユロシアは悲しげな顔をした。
「あなたはやっぱりわかっていない。願いが、強い願い、叶えたい望みを、叶えられないほど苦しいことはないこと、あなたならもうわかっているはずだと思ったのに。なぜエウロラ様があなたを受け入れられないのかわかりますか?あなたが何もエウロラ様を分かって差し上げないからですよ」
「僕はわかりたいと思ってる!わかろうとしているじゃない!!」
「違う、それは押し付けなんですもの」
ユロシアは首を振った。
「願いが少しでも手に届けばいいんです。とある境界がある。そこを越えれば、人は今度こそ願いの奴隷になる。欲が渦を巻いて、もう抜け出せなくなる。叶えてもかなえても乾くようになる。けれどその境界までたどり着いて、そこに広がる世界を見ることができたら、人は引き返すこともできるんです。そこにたどり着く前に引き返せだなんて、それはここでは生きるなと言っているようなものだ。あなたといると主はつらいんだ。主の思いはだって、そんなに軽いものなんかじゃないんだから。だから、僕は」
ユロシアはちらり、とヨーデル=セラエの目を見て、反らした。
「僕は、そこまでは主を連れて行ってあげたい。だから僕は、主と一緒にいるんです。目的がどうであれ、僕は主の願いを叶えてあげたいと本気で思っている。だから主は僕だけを連れて行ってくださった。あなたはわかっていない。きっとあなたが分かっていたら、主はあなたをこそ連れて行った。そしてきっと僕も、とうの昔に僕の願いを諦められていた」
ユロシアは目をこすった。胸が締め付けられて、いつの間にか涙がにじんでいた。女々しいとは分かっている。それでもこの想いをどうすることもできない。
「もう時間だ。僕はもう帰ります。あなたはもうそろそろ理解するべきだ。こうして僕があなたに会いに行けている理由」
ヨーデル=セラエは何も言えなかった。ユロシアはもう、彼女と目を合わせようとはしなかった。
「あの人はわかっていて、僕を放置している。あの人は全部分かっている。だから王様なんです。だから僕だって、憎めない。大好きなんだ」
ユロシアは、そのまま袖を振り上げた。ふわっと落ち葉が舞って、小さな竜巻になり、ユロシアの姿は消えた。その字名の通り。ヨーデル=セラエは、残されたままどうしようもなく立ち尽くしていた。何を言われたのかわからない。考えたくない。結局彼女もまた、どうしてもエウロラを求めていて、それでいて彼を理解することが怖いのだった。とうてい理解できるとは思えない。自分が頭が悪いのは知っている。そうして、頭の良さなどなくても欲しいものを勝ち取る人種をも知っている。自分だけができないなど思いたくなかった。私は貴方のためだけに生まれさせられて、育てられてきた。だったらあなたは私を求める義務がある。あなたの一言で私はこの世界に生まれてこなければならなかったのだから。だからあなたには、私に何かを求める権利なんかない。
エウロラ=エリオラ。
少女の呟きは風にかき消される。怒りだった。なんてことをしでかしたのかと、本人の胸倉を掴んで、殴り倒したい気分だった。その怒りが、なぜか自分を責めてきたユロシアの言葉への怒りへとも変わった。僕は悪くない。悪くない。僕はなにも間違ってなんかない。聞かない。聞かないよ。絶対に聞かない。聞いてなんかやらない。
 
 
 
 
 

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2011/10/16 小説:砂の時計台 第一章 Trackback(0) Comment(0)

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