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2017/12/14

砂の時計台 Ep.5

五、
 
世界の人々は、ここを塔と呼ぶ。
そして彼のことを、柱と呼ぶ。
けれど本当はその実、誰も誰一人として、彼の本質を理解しているものなどいないのだ。
彼にただ一人【許された】者であるヒケでさえ、彼のことをすべて理解しているとは言い難かった。
何分彼はほとんどしゃべらない。否、自ら言葉を発することを知らないとも言える。
彼が話すとすれば、意味のわからない世界の理と、
規則性のわからない、世界に生まれた子供たちに与える新しい名だけ。
彼は何も言わない。
虚ろな目で、ただ天高く届かない天窓を見つめ、また諦めるように目を閉じては眠るだけ。
そしてもう一つ分かっているのは、彼は自我を持たないということ。
意思も意識も持たないということ。
彼はただの器であり、鏡であり、投影でしかない。
【彼女】の影だった。
だから、【彼女】が変わるごとに、彼は変わった。
まるで別人になった。
以前の彼は失われ、二度と戻ることはない。
そんな繰り返しをしているうちに、最初の喜びも、幸福感も消えてしまった。
ヒケは失ってしまっていた。
それでもヒケを支えているのは結局、この白くか細い指、ヒケの服の裾を、無意識に、必死につかんで離さない手だった。
どんなに彼の中身が変わっても、何故なのか、彼はヒケをその手で追ったし、見えてもいない目でヒケを探して虚ろに微笑んだ。
何故自分だったのかわからない。
ただ裁かれるためだけに彼の前に連れてこられたのに、なぜか彼はヒケを必要とした。
そのおかげでヒケは命拾いをしたし、この世界で彼の次に最も冒し難い存在となれたのだが。
あの時、この塔の中に残っていた全ての古い汚らわしい【細工】達を、ヒケが殺した。破り捨てた。
ただ、不快だったからだ。仕返しをしたかったからだ。
自分を痛めつけた世界、自分を苦しめた世界を、苦しめいたぶりたくてたまらなかった。
けれど全てが消えるのを見届けると、それはただの虚しさと悲しさと、体を引き裂かれるような痛みに変わった。ただの罪悪感だった。
―ごめんなさい。ごめんなさい・・・!僕なんかがあなた達を消しちゃって、本当に・・・ごめん、なさい。
忘れられるものか。
あの時彼はただ、ヒケの服の裾をつまみ、微笑んで、ただ一言。
『ありがとう』
と言った。あの声を忘れることなんてできない。きっと、なぜ自分だけが選ばれたのかなんて、それ以外に答えなんてないのだ。
 
「ただいま、オリバー」
ヒケはふわり、と、孔雀様の羽根の敷き詰められた塔の底に舞い降りた。
淡紅色のつつじによく似た花弁が、彼の髪にも服にも纏わりついている。
「ねえ、一つだけ・・・聞いていいかな」
彼は眠っている。静かに、たくさんの花弁と羽根に包まれて、眠っている。
「どうして、あれが【ダフネ】なの?」
答えはない。分かっていたことだ。
最後のダフネが意図的に殺されてから、彼は、オリヴァロは、目を覚まさなくなった。息もしていない。
それでも体は朽ちることも散ることもなく、美しいままここにある。
彼の役目がまだ潰えていないからこそ、この世界はまだ生きている。
ヒケは、彼に体を貸したに過ぎない。そして彼が勝手に、彼女に【ダフネ】という名を与えてしまった。
理屈が分からなかった。彼女はあまりにも【浮彫】にはそぐわない。
そもそも正式な後継でもない。
なのにどうして、彼が初めて彼だけの意思、あるいはそれに近い何かから、彼女をダフネにしたのかがわからなかった。
少なくともヒケから見ても、彼女には浮彫としての素質が全くと言っていいほどない。
【ダフネ】と彼を繋ぎ支える【煙】も、彼女の傍ではほぼ自分の役割を忘れてしまっている。煙の役割を全く果たせていない。
このままでは、あのダフネが消えるまで、彼が【栄養】を摂れない。
「なんであれがダフネなの?僕には納得できない。どうしてあれを選んだの?他にもいいのはもっといただろうに」
「君に」
ヒケは心臓が止まる心地がした。彼の、
オリヴァロの胸が、大きく膨らんで、息が吸われたのが分かった。
頬が薔薇色に紅潮する。
金色の睫毛がふるふると震えて、微かにオリヴァロの目が開いた。
そこに青い光を見て、ヒケはもっと驚いた。
灰色の、色のない瞳はもうそこにはなかった。
オリヴァロの瞳は、確かに空の色に色づいている。
「な・・・ぜ・・・」
「君によく似ていた」
オリヴァロは小さな声で呟いた。
「いつものように、暗い闇の中、黒の文字盤の上で、僕は、僕を救ってくれる誰かを探していて、見つけたんだ。見つけてくれたんだ。僕を見つけて、嬉しそうに飛び回ってた。光だった。だから僕は、手に取った。ただそれだけのことだよ。まるで、君と出会ったときのようだった」
ほう、とオリヴァロは深く緩やかに息を吐いた。
「君に似た子なら、好きになれるかもね」
オリヴァロは疲れたように言うと、また眠りについた。今度は胸が小さく上下している。
生きている。オリヴァロはまた再び生きている。
ヒケはあっけにとられていたし、恐ろしかったし、泣きたくなったし、もう何なのかわからなかった。
オリヴァロが、自分の意思で話すなんて、と思った。
それとも、これが、あの新しいダフネの力なんだろうか。
ヒケにはわからない。分かるはずもない。
けれど、映し身であるはずの彼は、先刻ヒケが言葉を交わした新参者とは全く別人に思えた。どこがどう違うとはよくわからない。それでも同じじゃない。影でもない。
―なんなんだ?
ヒケは胸を押さえていた。ひどく鼓動している。
「僕は君を、どう捉えたらいいの?」
ヒケは小さく声を漏らした。その声を拾ったのか、もう一度オリヴァロは薄く眼を開ける。
「とも・・・だち、が」
僕は、と口が動いた。
けれど、その先の言葉がつながれることはなかった。
まるで事切れたかのように、かくん、と首を落とし、オリヴァロは花に埋もれながら深い眠りについた。
 
*************************
 
ヨーデルは木の上の方から葉にまぎれてじっと睨みつけていた。キリシャがいつものごとくにこにこと本心の見えない笑みを口に浮かべているし、ハッカリは相変わらず短気で煙のくせに顔をかっかさせている。
―ダフネ、は、
新しいダフネは、あいにくこの角度からでは後ろ姿しか見えない
―肩が細いなー・・・
と、どうでもいいことを考える。
ただ、顔は見えないまでも何かおたおたと戸惑っているのは見てとれて、つい吹き出してしまった。
そうしてふと、何か違和感を感じる。
―僕は今、何を・・・。
確かに、胸の奥で何かが温かく熱をもったような心地がした。
そうして確かに、自分は今、笑ったと思う。無意識に。
意図してではなくて、自然に。
よく考えてみれば、と逡巡して、ヨーデルはハッカリの横顔をまじまじと観察した。
もともと彼に好かれていないのは知っている。好かれていないというか、それはもう、まさに嫌悪感、不快感だ。だからこそ彼は自分に合うと顔をしかめるし、なるべく話したがらなかった・・・はずだ。
―そういえば、あんなに言葉をやり取ったのは珍しかったな。
ふと、キリシャがすっと目を細めてこちらを見たのが見えた。ほんの一瞬のことだ。冷えたまなざし。いつものことだ。
―やれやれ、相変わらず勘だけはいいよな。
と、ヨーデルは嘆息する。早く戻ってきたら?と無言で訴えかけてきた。
ふと、また違和感を覚える。
―冷たい?冷たい、と思ったの?僕は、今、
また思考が一瞬停止する。
あたりまえのことだったはずなのに、どうして今僕は、キリシャを冷たいと感じ、ハッカリを暑苦しいと思ったんだろう。誰に教わっただろうか、そんな感想。
誰にも教わったことなどあるわけがない。今、あまりにも自然に浮かんできた感想だった。
そもそも、どうして暑苦しいなんて言葉を思いついたのだろう。どうしてハッカリは暑苦しく感じるんだろう。
今までもそうだったろうか?
ヨーデルは首を振った。しばらく考えてみたが、頭が痛くなってきた。考えてもきっとわからないことだ。
ハッカリが短気を起こして叫ぶのが見えた。それでもキリシャはにこにこと笑っている。あの神経の図太さには感心する。
やれやれ、と小さく頭を振ると、ヨーデルはふわり、と木から降り立った。腰に手を添えてのんびり歩く。ヨーデルの癖だ。左手を腰に当てて、右手を首の後ろに回してしまう。こうするとなんとなく首が温かい気がする。寒いのは嫌いだ。けれど暑いのも好きではない。
「やぁやぁ待たせたね、どうしたのさ、僕も混ぜてよ」
にっこりと極上の笑みで近づいて、ヨーデルははっ、とした。
ダフネが笑っている。
こらえきれなくなったように、口元を両手で隠しつつ、肩を小さくすぼめて、くすくすと楽しそうに笑っている。
とても、穏やかな顔だ。
―な、に、
思考が停止した。
なんなんだろう、と思う。
不安なのか興奮なのか、驚きなのか気持ち悪いのか、自分でももうわからなかった。
ただ、なぜだろう、何故居心地が悪くないのだろう。確かに自分は今、【違和感を感じているはず】なのに。
―思い出せ、僕、思いだして・・・!
ヨーデルは顔が引きつるのを感じながらも必死で頭を回転させた。どうして今自分はダフネが笑っていると知覚したのだろう。今まではどうだったろう。笑うダフネなんて変だ。おかしい。見たことがない。
見たことがない?
ぎょっとした。
今までのダフネのことなんて、大した興味もなかった。さほど印象にも残らなかったし、そう、どうでもよかった。何も心に響かなかった。ダフネはそういうものだ。柱がこの世界のために存在しているのなら、同じように浮彫もまた、柱が存在するためだけに存在している。ただそれだけの摂理だ。彼らが何者であろうと、ここで生きる自分たちには何の関係もないのだ。だから興味など出るはずもなかった。印象に残るはずがないのだ。そもそもこうやって、ダフネをダフネと認識したことなど一度だってなかった。初めてなのだ。初めてだった。
初めて、【この子がダフネ】なのだと、知っていた。
―どうしてなの?
ヨーデルはぐるぐると考え込んでいた。けれども答えなんて見つかるはずもない。そもそもこれは疑問だろうか。疑問に思うべきことだろうか。
君は何者なんだ。
ヨーデルは、口には出さずに、ダフネの横顔を見つめた。
「どうしたの?さっきから固まっちゃって。あ、おかえり」
キリシャがのんびりと言った。
「え?ああ」
「なぁに?足でもしびれたの?まるで人形みたいだね」
キリシャはにこにこと笑う。何が可笑しいのだろう。今の自分のどこに笑う要素があるのか。
―人形?
ふと、その単語が耳に引っ掛かっていった。何かがわかりそうで、わからない。
ハッカリがくるっと踵を返して立ち去ろうとする。つい苦笑した。よほど嫌われているらしい。
―あれ?でも僕、どうしてこんなに嫌われているんだっけか?
寂しいな、と思った。そう思って、びっくりした。どうして寂しいなどと思ったのだろう。いつもだったらただ、面白がるだけなのだ。それがヨーデルという人間だったはずだ。僕はどうしてしまったんだろう。
「おやぁ、もう行くの?僕たちと一緒にいた方が得策だと思うけど?いろいろと有益な情報、僕ら持ってるよ、ハッカリ」
「はっは」
鼻で笑われた。なんとも面白い反応を返してくれる。
「有益だぁ?んなこだオレが決めるこどだ。すぐなぐともお前といるのはただの害じゃクソボケ」
「話も聞かないうちから逃げるのー?聞いてみなきゃ分かんないでしょ。少なくとも闇雲に歩き回るよりかは僕たちの持ってる情報を頼りに進む方が無難だと思うけどねえ。ダフネは煙じゃないんだから、そうそう体力もないでしょうよ?」
む、とハッカリが唸る。ヨーデルはにやりと笑った。こう見えてハッカリはなんだかんだで押しに弱い。今度はダフネを攻めてみる。ヨーデルはくるりとダフネの方を振り返った。
「で、君は白麒麟に会いたいんだよね?」
「う・・・ん」
なぜそこで口ごもるのだろう、と思いつつ、ヨーデルはにっこりと笑みを深めた。
「それなら、少なくともハッカリは信用しない方がいいと思うなあ」
ダフネは一瞬不思議な表情をした。困惑とも幻滅とも自棄ともとれるような。こういう表情を一度だけ見たことがある。こんな顔もできるのか、とふと感心していた。けれどダフネはしばらくうつむいた後、首を振った。
「私は、アビエルのこと好きだから、いいの」
は?と言いそうになる。そもそもなんだろう。好き、だなんて。意味が分からない。好きだなんて、一体何の話をしているんだろう。
「まあ、信頼に足るやつだとは僕も思うよ、こいつ、馬鹿正直だし」
「うっつぁし。お前、オレのこどなんど思っとるんじゃ!?」
「あーまーはいはい」
ハッカリのことは無視しつつ、ふと、ハッカリが自分のことをオレ、だなんて、まるで個体のように呼んだことに今更新鮮さを感じた。
「まあね、ただね、ハッカリと一緒にいて、かつ白麒麟に会う、ってのはなかなか難しいんじゃない?そもそもこいつ、白麒麟が隔離されるために生きてるやつだよ?白麒麟から離れるように離れるように、この世界は白麒麟という柱を中心にして、ぐるぐると回り続けている。道が交錯することなんてない。そういう風にして保たれていて、そしてその摂理を保っているのもこいつそのものなんだよ?でしょ」
ハッカリはうつむいた。
「だどもオレあいづの場所ぐらい知っでる」
「知ってても行けないでしょ」
「・・・・・・そもそも」
ハッカリは、きっとした目つきでヨーデルを見た。
「なじょしてお前そな深い部分知っどるんじゃ。気色悪」
「僕を責められてもなぁ」
「煙さん、仕方ないこと言っても仕方ないでしょう?だってこの子、」
キリシャがちら、とヨーデルを見る。
「エリオリルの民なのだもの。この子のせいじゃないよね」
くすり、とキリシャが笑う。その笑みは、冷たい。柔らかいのにどこか退廃的な微笑。
ハッカリはぐう、と唸った。
「それにしてもおとなしいね、ダフネ」
キリシャはにっこりと、今度は屈託のない笑みでダフネに笑いかけた。
ダフネはきょとん、として首をかしげる。
―ああ、【ダフネ】だ。
と、ヨーデルは少しだけほっとした。そうだ、ダフネは感情を持たない。意思も持たない。ただ生かされているだけだ。そういうものだった。
この子もたいして変わらない。たかが少し、表情が豊かで、中身が優しいだけだ。僕としたことが、焦った。たまにはそういう欠陥品だっているだろう。
「君は不思議な子だね」
キリシャがのんびりと言った。
「君は僕らが話していない時だけ、【君】になるんだね」
 
―は?
 
ぞわっと、肌が泡立つ。キリシャがいきなり何を言い出したのだか分らなかった。こいつは本当にへんちくりんのちんちくりんだ。発想が奇妙奇天烈もいいところだ。だけど、意味があった。きっと今も意味があることを言ったのだ。何を言ったのだろう。何を考えているんだ?僕にはわからない。
一体君は何に気がついたんだ?
キリシャを思わず振り返ったが、キリシャはダフネと見つめあっているだけで、何も言わない。耳の中でもう一度、声がした。浮彫は、主が殺したんです。
そうすれば柱は空っぽになると思って。
世界が浸食されていく。
勿論、世界全体ではない。ヨーデルの世界だ。自分の世界だけのはずだ。世界が本当に何かに食われて行っているだなんて、思いたくない。
 
 


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2011/11/03 小説:砂の時計台 第一章 Trackback(0) Comment(0)

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