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2017/09/21

砂の時計台 Ep.0-2

**********

 

高く高く本が積み上げられた書架の中で、まるでパズルのバラバラになったピースのようにたくさんの本を床に散らばらせ、少女が一人、その真ん中に座り込んで、一つの本を食い入るように読んでいた。

本は臙脂色の煤けた表紙をしている。


栞用の紐は、青みの強い鮮やかな紫で、照明を反射しててかてかと光っている。


それを螺旋階段の上から見下ろしながら、少年は手すりに身をもたせかけ、頬杖を付いていた。


まるで少女のいる場所が、塔の底に見える。

否、少年にとってはまるでそれは、逆さ映しの天窓のようだった。

軽い目眩と闘いながら、少年は、少女がいつ、散乱した本を棚に戻そうとするのだろうかと、半ば呆れる。

短めに不揃いに切られた薄焦茶の髪が、床板の色に溶け込むようで、不意に手を伸ばしたくなる衝動に駆られた。

けれど、まだそんな段階ではないのだ。彼女は何も、覚えていないのだから。

少年は体を反転させて、手摺の、蔓の文様のような美しい黒の金属装飾に背中をあずけ、天を仰ぐ。

静かに息を吐いた。踊り場の方からは、やけに興奮気味の子供の声が響く。少年は苦笑した。

子供というのはひどく無邪気なものらしい。少年は彼らと年はそう違わなかったが、秘めた記憶のせいで、随分と老成してしまっていた。知能が少し抜きん出ていたせいもあるかもしれない。目立ちたかった。有名になり、報道されるような人物になれば、いつか、いつの日にか、

彼女に、見つけてもらえるのではないかと、期待して。

そして彼女はあっさりと少年の予想を裏切った。

少年が有名になろうがなるまいが関係なく、彼女は少年のもとにたどり着いてしまった。

海を越え、国を越え。

決して知り合うはずのなかった二人は、まるでそれが必然であったかのように、自然に出会い、そのままこうして彼女とその友人兄弟まで、少年の家に入り浸っている始末だ。

けれど、もう時間はなかった。ただの長期休暇なのだ。

あと数日もすれば彼女たちはまた海の向こうへと帰ってしまう。

【また会いたい】と、言えるかどうか、不安だった。

彼女は余りにも平凡で、普通の子供で。

少年は有名になりすぎている。

もう二度と、邂逅などかなわないかもしれない。

―それじゃ意味がないんだ。意味がない。

どうしたら彼女をつなぎとめられるだろうかと、少年は半ば苛立ちながら考えていた。

ふと、階下から階段を駆け登る音が聞こえてくる。

特に体を動かすこともないまま待っていると、息を切らせて走ってきたのは彼女だった。

先刻からとり憑かれたように読みふけっていた本を抱えている。

「オ・・・ズ」

「何?」

少女はよほど息が苦しいのか、胸を抑えた。オズは呆れかえる。

「息整えるくらいしていいから。まったく。四階まで走って登ってきたらそりゃ息切れもするでしょ?」

「これ・・・この、本」

少女は本を突き出した。オズは気のなさそうにそれを受け取る。

「これがどうかしたの?」

「開けて・・・お願い」

「は?」

「元のように、真っ白だよ」

「そりゃそうでしょ、元々これは本というか、ただの日記帳用の冊子で、結局誰も使っていないってあれだけ言ったろ?」

「でもね、でも、わたしは見たもの、文字と、絵があった。記号があった。わたし、覚えてる。あの景色を覚えてる!!」

オズは絶句した。このノートに、そんな効果があるとはオズも知らなかったのだ。

怖くなんかなくて、むしろ期待して、ひどく心がかきむしられたのに、まるで恐ろしいものに出くわした時のように、血の気が一瞬で引いた。

オズは何も言えなかった。少女の言葉を待つしかできない。

ノートを開いてみると、たしかにそこには【何も書かれてはいなかった】。

これはそういうものなのだ。役目を果たした本は、全ての人の手で染み込まされたインクを失う。

すべての軌跡は消えたのだ。

少女はしばらく目を泳がせていたが、急に、「あっ」と声を上げると、再びものすごい勢いで階段を駆け下り、書斎の扉から姿を消した。

オズはまたもや呆れる。

忙しない娘だ。苦笑した。けれど、心がほんのり暖かくなるのはなぜだろう。

記憶とか、繋がりとか、関係なく。

俺は、あの子にやっぱり惹かれるのかな」

オズは独り言ちた。




ダコタは全速力で走った。途中何度もつまづきかけたり、階段から滑り落ちそうになったが、それでも走った。

この屋敷はとてつもなく広い。古い木の香りと、黒く塗られた金属の香りと、

大理石のひんやりとした温度が、たゆたっている。

ダコタはようやく、屋敷の玄関先にたどり着いた。

大理石の階段。

不自然に大きい円形の天窓。

大理石の柱。

白い床に描かれた、青の線画。

それは明らかに、ダコタが、いや、ダコタの映し身が、何度も描いたことのある陣だ。

柱の形は、オズの祖父はパルテノン神殿をイメージしているといったが、本当はそうじゃない。

何度だって、見覚えがあるのだ。初めて【彼女】が目覚めた入口の、アーチの柱。

この屋敷に広がるすべてのものが、古典に回帰した現代彫刻としてのカモフラージュをされながら、その実、それは全てが【あの】世界の景色の模造だった。

―ああ、どうして気付かなかったんだろう。気づけないでいたんだろう・・・!!

ダコタは滲んでくる涙を手でごしごしと拭った。コツ、コツ、とヒールの音が、上から下へと響き降りてくる。

「オズ・・・」

ダコタは唇をかみしめた。

「なんだよ」

オズは気だる気に答える。

ダコタは振り返った。

オズのダーティブロンドの柔らかな髪が、青い薄板で閉じられた天窓の光に照らされて、この国の青い海のように艶やかだった。

「オリバー」

ダコタがその言葉を口にした瞬間、オズは肩をひどくはねさせ、小さく震えた。

まるで、森の小鳥が、羽の朝露を払うような、静かな時間。

「あなただったんでしょう?オリバー」

「な・・・んのことか な?」

オズはぎこちなく笑う。顔がひきつっている。動揺しているのが鈍感なダコタにもありありと見て取れた。

「知ってたんでしょう?ずっと・・・待っててくれてたんでしょう?わたしが・・・わたしがあまりにも、だめな子だったから」

「違う!そうじゃない!ただ俺は、・・・ただ」

「ずっとね、探してたの。わかるよ、今ならわかる・・・!だってわたしも、あなたを探してたの。会いたかったから、探してたの!ずっとずっと・・・待ってたの。探したかったの!」

ダコタは我慢ができずに、オズの首に抱きついた。オズは体を支えるために、咄嗟に階段の手すりを掴む。

呆然としたように、呟いた。

「会いた・・・かった・・・?」

「待っててくれた?」

ダコタの言葉にしばらく呆然としていたオズは、ようやく、震える手でダコタのひんやりとした髪を撫でた。やがて、震えは収まっていく。ダコタは、より強くオズを抱きしめる。

「うん」

オズはようやく、ダコタの肩に顔をうずめ、ダコタをふわりと抱きしめた。

「待ってたよ。ずっと・・・待ってたんだ」

「ごめんね」

「いや」

「会いたかった。会えて嬉しい」

「うん」

オズはダコタの額に自分の額を当てる。

ダコタは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。オズは柔らかくそっと笑う。

「不細工」

その言葉に、少しだけオズの服を握り締めて、ダコタはくしゃり、と笑った。

「ただいま」

天窓からの光は、少しだけ傾き、二人の影を短く照らしている。




そうしてようやく、【彼女】は目を覚ました。

そこがどこかも分からずに。

自分が誰かも忘れたまま。

元々ないものを、覚えていたはずもない。




それは塔の中。

鳥羽に埋もれた、飴色の塔の内壁。

 

 




序章 了



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2011/07/26 小説:砂の時計台 序章 Trackback(0) Comment(0)

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