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Puer ex machina ~キカイジカケ ノ ショウネン~
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高く高く本が積み上げられた書架の中で、まるでパズルのバラバラになったピースのようにたくさんの本を床に散らばらせ、少女が一人、その真ん中に座り込んで、一つの本を食い入るように読んでいた。
本は臙脂色の煤けた表紙をしている。
栞用の紐は、青みの強い鮮やかな紫で、照明を反射しててかてかと光っている。
それを螺旋階段の上から見下ろしながら、少年は手すりに身をもたせかけ、頬杖を付いていた。
まるで少女のいる場所が、塔の底に見える。
否、少年にとってはまるでそれは、逆さ映しの天窓のようだった。
軽い目眩と闘いながら、少年は、少女がいつ、散乱した本を棚に戻そうとするのだろうかと、半ば呆れる。
短めに不揃いに切られた薄焦茶の髪が、床板の色に溶け込むようで、不意に手を伸ばしたくなる衝動に駆られた。
けれど、まだそんな段階ではないのだ。彼女は何も、覚えていないのだから。
少年は体を反転させて、手摺の、蔓の文様のような美しい黒の金属装飾に背中をあずけ、天を仰ぐ。
静かに息を吐いた。踊り場の方からは、やけに興奮気味の子供の声が響く。少年は苦笑した。
子供というのはひどく無邪気なものらしい。少年は彼らと年はそう違わなかったが、秘めた記憶のせいで、随分と老成してしまっていた。知能が少し抜きん出ていたせいもあるかもしれない。目立ちたかった。有名になり、報道されるような人物になれば、いつか、いつの日にか、
彼女に、見つけてもらえるのではないかと、期待して。
そして彼女はあっさりと少年の予想を裏切った。
少年が有名になろうがなるまいが関係なく、彼女は少年のもとにたどり着いてしまった。
海を越え、国を越え。
決して知り合うはずのなかった二人は、まるでそれが必然であったかのように、自然に出会い、そのままこうして彼女とその友人兄弟まで、少年の家に入り浸っている始末だ。
けれど、もう時間はなかった。ただの長期休暇なのだ。
あと数日もすれば彼女たちはまた海の向こうへと帰ってしまう。
【また会いたい】と、言えるかどうか、不安だった。
彼女は余りにも平凡で、普通の子供で。
少年は有名になりすぎている。
もう二度と、邂逅などかなわないかもしれない。
―それじゃ意味がないんだ。意味がない。
どうしたら彼女をつなぎとめられるだろうかと、少年は半ば苛立ちながら考えていた。
ふと、階下から階段を駆け登る音が聞こえてくる。
特に体を動かすこともないまま待っていると、息を切らせて走ってきたのは彼女だった。
先刻からとり憑かれたように読みふけっていた本を抱えている。
「オ・・・ズ」
「何?」
少女はよほど息が苦しいのか、胸を抑えた。オズは呆れかえる。
「息整えるくらいしていいから。まったく。四階まで走って登ってきたらそりゃ息切れもするでしょ?」
「これ・・・この、本」
少女は本を突き出した。オズは気のなさそうにそれを受け取る。
「これがどうかしたの?」
「開けて・・・お願い」
「は?」
「元のように、真っ白だよ」
「そりゃそうでしょ、元々これは本というか、ただの日記帳用の冊子で、結局誰も使っていないってあれだけ言ったろ?」
「でもね、でも、わたしは見たもの、文字と、絵があった。記号があった。わたし、覚えてる。あの景色を覚えてる!!」
オズは絶句した。このノートに、そんな効果があるとはオズも知らなかったのだ。
怖くなんかなくて、むしろ期待して、ひどく心がかきむしられたのに、まるで恐ろしいものに出くわした時のように、血の気が一瞬で引いた。
オズは何も言えなかった。少女の言葉を待つしかできない。
ノートを開いてみると、たしかにそこには【何も書かれてはいなかった】。
これはそういうものなのだ。役目を果たした本は、全ての人の手で染み込まされたインクを失う。
すべての軌跡は消えたのだ。
少女はしばらく目を泳がせていたが、急に、「あっ」と声を上げると、再びものすごい勢いで階段を駆け下り、書斎の扉から姿を消した。
オズはまたもや呆れる。
忙しない娘だ。苦笑した。けれど、心がほんのり暖かくなるのはなぜだろう。
記憶とか、繋がりとか、関係なく。
「俺は、あの子にやっぱり惹かれるのかな」
オズは独り言ちた。
ダコタは全速力で走った。途中何度もつまづきかけたり、階段から滑り落ちそうになったが、それでも走った。
この屋敷はとてつもなく広い。古い木の香りと、黒く塗られた金属の香りと、
大理石のひんやりとした温度が、たゆたっている。
ダコタはようやく、屋敷の玄関先にたどり着いた。
大理石の階段。
不自然に大きい円形の天窓。
大理石の柱。
白い床に描かれた、青の線画。
それは明らかに、ダコタが、いや、ダコタの映し身が、何度も描いたことのある陣だ。
柱の形は、オズの祖父はパルテノン神殿をイメージしているといったが、本当はそうじゃない。
何度だって、見覚えがあるのだ。初めて【彼女】が目覚めた入口の、アーチの柱。
この屋敷に広がるすべてのものが、古典に回帰した現代彫刻としてのカモフラージュをされながら、その実、それは全てが【あの】世界の景色の模造だった。
―ああ、どうして気付かなかったんだろう。気づけないでいたんだろう・・・!!
ダコタは滲んでくる涙を手でごしごしと拭った。コツ、コツ、とヒールの音が、上から下へと響き降りてくる。
「オズ・・・」
ダコタは唇をかみしめた。
「なんだよ」
オズは気だる気に答える。
ダコタは振り返った。
オズのダーティブロンドの柔らかな髪が、青い薄板で閉じられた天窓の光に照らされて、この国の青い海のように艶やかだった。
「オリバー」
ダコタがその言葉を口にした瞬間、オズは肩をひどくはねさせ、小さく震えた。
まるで、森の小鳥が、羽の朝露を払うような、静かな時間。
「あなただったんでしょう?オリバー」
「な・・・んのことか な?」
オズはぎこちなく笑う。顔がひきつっている。動揺しているのが鈍感なダコタにもありありと見て取れた。
「知ってたんでしょう?ずっと・・・待っててくれてたんでしょう?わたしが・・・わたしがあまりにも、だめな子だったから」
「違う!そうじゃない!ただ俺は、・・・ただ」
「ずっとね、探してたの。わかるよ、今ならわかる・・・!だってわたしも、あなたを探してたの。会いたかったから、探してたの!ずっとずっと・・・待ってたの。探したかったの!」
ダコタは我慢ができずに、オズの首に抱きついた。オズは体を支えるために、咄嗟に階段の手すりを掴む。
呆然としたように、呟いた。
「会いた・・・かった・・・?」
「待っててくれた?」
ダコタの言葉にしばらく呆然としていたオズは、ようやく、震える手でダコタのひんやりとした髪を撫でた。やがて、震えは収まっていく。ダコタは、より強くオズを抱きしめる。
「うん」
オズはようやく、ダコタの肩に顔をうずめ、ダコタをふわりと抱きしめた。
「待ってたよ。ずっと・・・待ってたんだ」
「ごめんね」
「いや」
「会いたかった。会えて嬉しい」
「うん」
オズはダコタの額に自分の額を当てる。
ダコタは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。オズは柔らかくそっと笑う。
「不細工」
その言葉に、少しだけオズの服を握り締めて、ダコタはくしゃり、と笑った。
「ただいま」
天窓からの光は、少しだけ傾き、二人の影を短く照らしている。
そうしてようやく、【彼女】は目を覚ました。
そこがどこかも分からずに。
自分が誰かも忘れたまま。
元々ないものを、覚えていたはずもない。
それは塔の中。
鳥羽に埋もれた、飴色の塔の内壁。
2011/07/26 小説:砂の時計台 序章 Trackback() Comment(0)
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