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2017/09/21

砂の時計台 Ep.1

第一章
 
一、
 
碧い海だった。
その底へ、少女は静かに沈んでいった。
けれど、苦しくはない。
まるで、赤子に還るように、心がとても満たされていた。
海の中なのに、小鳥達のさえずりが耳に、皮膚に、染み入る。
魚たちが歌っているのだろうかと、ぼんやりと考えた。
少女は自分に、意識があったことにようやく気付く。
この感覚はよく知っている。
もうすぐ夢から覚めてしまう。
起きてはいけない。起きたくない。
少女は決して目を開けないように、きつく体ごと抱きしめた。
けれど光は容赦なかった。海の底の割れ目から、白い光が放射状に漏れ出て回る。
少女は、瞼を開けてしまった。
その光に、包まれる。
 
急に息が苦しくなった。体がまだ水の中に埋もれているようだ。少女は無我夢中で顔を上げた。
その瞬間、ようやく世界が開けた。
白い大理石の、アーチがある。
太い柱の天辺には、翼をもった稚児の彫刻があった。
蔦が絡んでいる。朝顔によく似た濃い紫の花が咲いている。アーチの向こうには、扉があった。
まるで絵の額縁のようだ。
辺りは真っ暗だった。天使の彫刻だけが、鈍く虹色に光っている。
少女が花に触れると、花はふるると震えて、枯れてしまった。少女はぎょっとして後ずさる。そのままもう一つの柱にぶつかってしまった。手が蕾に当たる。とっさに手を離したが、今度は蕾は美しく花開いた。少女は息をひそめる。
辺りを見渡したが、この【門】以外はどこまでもただの何もない暗闇であるらしかった。少女は、内側から湧いてくる空恐ろしさに、身をすくませる。
ふと、キン、と、金属が擦れ合うような音がした。少女ははっとして、音の聞こえた楕円の扉を見つめる。
扉の上から隙間が広がり、光が漏れてきた。少女はまぶしさに目を細めた。扉は上から開くらしかった。重たい石の扉が、勢いをつけて開いていく。
少女は慌てて奥の方へ避難した。下手すれば押しつぶされかねない。
重いはずのその扉は、音もなく地面に倒れて落ちた。
少女は口元に震える手を遣る。
白い光の中、開いた空間の端から、誰かがひょこり、と顔を覗かせた。
切りそろえられた金髪が、さらりと揺れる。少女は目を細めた。
とてもあどけない顔をした少年が、少女を見つめている。その、まるで宝石のような薄水色の瞳に、目を離せなくなった。少年はぼんやりとした表情で、首を小さくかしげる。
ふと、少年の周りの空気が揺れて、白く鈍く瞬いた。
少年がいたはずのところに、小さな白い麒麟が佇んでいる。少年と同じように、首をかしげ、その薄水色の瞳で人懐っこそうにこちらを見ている。
少女は驚いて瞬きを繰り返した。けれど、まるでそれが夢だったかのように、少年は少年の姿で同じ場所に立っている。
少年の背に、宝石を薄く伸ばしたような、菱形の光が数枚見えた。少年はそれをはばたかせ、ふわりと舞い、少女の目の前に降り立つ。
なんて綺麗で、儚い羽だろう、と思った。
否、羽だけではない。この少年自身がとても綺麗で、儚い。
薄く伸ばした宝石のようだ。
少年は、乏しい表情で、少女を見下ろす。
やがて、静かに右手を上げ、少女を指差した。
「ダフネ」
木琴のような音が少女の耳に届く。それが少年の声だと気づくのに、時間がかかった。
「君は、ダフネ」
少年は、そう言って、笑った。
花が咲いたような微笑み。少女は目が離せなかった。
やがて、少年は、強い光に滲むように消えていく。少女は手を伸ばしたが、届かなかった。
少年が消えてしまう瞬間、少年の髪は銀色に光った。
光が少女をも包み込む。
ぐらり、と体の傾く感覚に、少女は思わず体を抱きしめた。
少女のいた空間が、傾いている。
扉のあった門は、床の位置に落ち着き、絵のように潰れて立体を失っていた。
重力に引きずられるように、少女も滑り落ちていく。
少女は、【外の世界】に、吸い込まれた。扉が閉じる。音を立てて。
それはまるで、鉄琴のように響いた。
落ちていく瞬間、見えた最後の暗闇の中に、たくさんの人の顔が、彫刻されていたように思った。
吸い込まれていく。
少女は固く目を瞑った。長い髪が首に絡まる。
遠ざかるものは、青空だった。
見渡すと、森や街が見える。自分は空から落下しているのだと悟る。
―怖い・・・!!
少女が口元を覆った時、ふわり、と温かな手が少女の腰に触れた気がした。
少女を包んでいた鋭い風が止む。
少女の目に、赤い布と、銀色の糸が映る。
不揃いに切りそろえられた艶のある銀髪に、深い青の目をした少年が、にっこりと笑いかけていた。
少年は、最初に出会った少年とそっくりな羽で宙を舞っている。
両の頬に、痛々しい焼き印があった。
「あなたは・・・」
少女が呟くと、少年は目を細めた。何かを面白がっているような目だ。
「君は?オリヴァロから、名前をもらったでしょう?さっき」
鈴の鳴るような声で、少年は笑った。
「オリ・・・ヴァロ?」
「【白麒麟】だよ。この世を統べるもの。この世の柱となる彼を、君はもう知ってしまったでしょう?」
残酷な笑みを浮かべる。
少女は目を泳がせた。
「ダ・・・フネ、って」
「ああ、そう、ダフネ、ね。ようこそ、【浮彫】よ。君を歓迎しよう。ただこの世界で生きてくれていればいい。余計なことはするな。死にたくなかったらね」
くすりと笑って、少年はダフネを静かに地面に下ろした。青緑の葉を茂らせた木々の中。
「で、でも、わたし、どこへ行けばいいの?」
「どこにも行く必要なんてないよ?」
「で、でも、それじゃ生きていけないわ!」
ダフネは泣きそうになった。少年は冷たいまなざしでダフネを眺めていたが、やがて面倒そうに嘆息した。
「そう。じゃあ、君はどうしたいの」
「・・・え?」
「何をしたいかもわからない君に、教えてあげられることなどないよ」
少年の声はとても冷たい。ダフネは混乱していた。何かがおかしいと思う。それなのに、何も分からない。思いつかない。
「あ、あの、あ、あなたの、名前は?」
「は?」
少年は眉根を寄せた。
「聞いて何かなるの」
「お、お友達になれるわ・・・!な、なれると思うの・・・だって、わたし他に誰も知らないし・・・」
最後の方は尻すぼみになる。少年は嫌そうに嘆息した。
「友達ねえ・・・おめでたい頭脳のようだ。そもそも君、他にだぁれも知らないわけじゃないでしょう。言ったじゃない。最初に【オリヴァロ】に会ったはずだって」
「あ・・・」
ダフネは顔を真っ赤にした。穴があったら入りたかった。けれど、なぜそんな気分になったのか分からない。
目の前にいる少年はとても刺々しく、冷たい雰囲気をまとっている。それが怖くて、なのにすがりたかった。けれどダフネは今、無性に最初に出会った少年に会いたくなった。彼の顔を見ていると、心が安らいだのを思い出したのだ。
「わ、たし・・・オリヴァロに会いたい・・・のだけど・・・ど、どこへ行けば」
「さぁねえ?僕が教えてあげる義理はない。だけど」
少年は冷たい声で言った後、にやりと笑った。
「よかったじゃない、君のご所望とやらの【目的】ってやつが今生まれたみたいだよ?」
「あ・・・」
ダフネは口ごもった。手に持っていた棒を握りしめる。ややあって、ダフネは小さな悲鳴をあげてその棒から手を離した。いつの間に存在していたのだろう。
水色の、不思議な形の杖がそこにあった。先端はまるで、砂時計の球体のようだ。音もなく、虹色の火花が灯っている。
「それ、その杖は【ダフネ】のものだ。よかったね。君は杖にも【ダフネ】を認められたらしい」
「つ・・・え・・・?」
「ああもう、すっとぼけでうっとうしいね」
少年は嘆息した。
「もっと今までの子みたいにさ、すんなり現実に対応しようよ。うっとうしいったらないよ。ってこれ失言か。危ない危ない」
少年は口元を覆った。
「じゃ、僕は行くから。僕、オリヴァロに頼まれてここにいるだけだからね。用がすんだらさっさと帰るよ」
「え?あ、あの・・・!待って!」
「はぁ?待たないよ、待つわけないでしょ」
少年はからからと笑った。ダフネは顔を赤くして俯いた。少年はふと、宙に浮いたまま何事かを考え込む。
「そう言えば、聞かれてたね。まあ名乗る義理も本当はないけど。一応僕は【銀梟】だよ。またどこかで会えるといいね。会いたくないけど」
少年はにっこりと笑う。威圧感のある笑みだ。ダフネは身をすくませた。
「ぎ、銀梟・・・?」
「そう。ヒケ。僕はヒケだよ」
少年はくすくすと笑いながら、空の光りの中へ消えていった。
後には風が残される。
木の葉が静かに舞う。
 
 



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