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2017/12/14

砂の時計台 Ep.4-1

 
四、
 
ふわふわと、白い布細工のような鳥が二羽、空を浮遊している。
むつまじく旋回するその影を見つめながら、ダフネは小さく息を吐いた。
「うー・・・ん」
ダフネの横でキリシャが唸りながら寝返りを打つ。もうずいぶん長いことこうしている。ダフネはキリシャのお守りをしていた。アビエルはヨーデルが嫌いだからと杖に引っ込んでしまったし、ヨーデルも何か野暮用だと言って森の中に再び潜ってから一向に帰ってこない。
キリシャは草の上で何度か虚ろに目を覚ますも、また眠りに落ちる、といったことを先刻から数え切れないほど繰り返している。原理はよくわからないけれど、ヨーデル曰く、【燃料切れに燃料をなじませるのにはそれなりに時間がかかる】らしかった。
キリシャの傍に寄って初めて気がついたことがある。
手の甲に、首の後ろに、キリシャはよく磨かれた透明な楕円の石を埋め込まれていた。否、むしろ、もともとそこに埋まっているのだ、体の一部として。
服を着ていると見えないが、太股や足の甲、肩にもあるとヨーデルは言っていた。これらは日の光や色を吸収しているらしい。そして背中には入れ墨のようなものがあって、対応する印から新たな原石を取り込むのだと言っていた。そうしないと生きられない体なのだ。『えぐいから背中を見るのはお勧めしないよ』とヨーデルは何でもなさそうに言った。
こうしてキリシャを見ていると、顔容しかり、この石しかり、あまりにも人間離れしている気がした。ここは、自分の知っていたはずの世界とはやっぱり違うのではないかという気持ちはどんどん膨らんでくる。なんだか怖い。少なくともこんな、まるで機械のような人間を日常的に見ていた覚えはない。肌が覚えていない。
そう、まるで機械なのだ。機械仕掛けだ。ダフネは思考の先にようやく少しだけ納得する。
こうして杖から出てくるアビエルも、常人にはありえない跳躍や着陸をするヨーデルも、体についてすらいない宙に浮かんだ硝子のような破片を羽ばたかせ空を飛んで行ったヒケも、すべてがまるで人間じゃないみたいだ。自分と同じ形をして、同じように言葉を話すのに、どうしても順応できない。どうして、どうして、と疑問符ばかりがどうしようもなく頭を駆け巡る。
ふと、服が引きつる。その先をみると、キリシャが寝ぼけたままダフネの服を掴んでいた。なんとなく微笑がこぼれる。そのまま放っておくと、今度はキリシャはダフネの手を掴んだ。まだ寝ぼけているらしい。目はほんの少しだけ薄く開いているが焦点が合っていない。
「・・・デル」
「え?」
キリシャの唇が震える。ダフネは驚いて顔をキリシャの近くに寄せた。よく聞き取れない。
「・・・行くなよ」
「え・・・?」
「僕は、君がいいんだ。君がいつの間にか・・・僕じゃ」
だめなの?と、音もなく唇が震える。ダフネは眼を見開いた。キリシャの表情はとても暗い。こんなに深い暗闇のような、擦り切れた人の表情を、ダフネは今まで見たことがない。何を言っているのかは分からないけれど、何と言葉をかければいいのかもわからない。
顔をあげていたキリシャの首が、かくん、と落ちた。顔が地面にしたたかにぶつかる。痛そうな鈍い音がする。キリシャの手はダフネの手首を掴んだままだ。けれど力は少しだけ緩む。
「うーん・・・」
キリシャは寝返りを打った。まだ眼をこすってはいるが、ようやく目が覚めてきたらしい。
「あれ?君誰だよ・・・て、うーん・・・見覚えはあるような・・・」
ダフネは苦笑しつつ答えた。
「ダフネよ。さっき会ったばかり」
「ダフ・・・ネ・・・?どこかで聞いた名前だな・・・ああそうか、人柱のアレか、・・・ああ、思いだしてきた気がする」
次第に声もしっかりしてきた。キリシャは本格的に目が覚めてきたようだ。
「ああ・・・そうか、なんとなく把握した」
欠伸をしながら体を起こす。しばらくぼんやりと背中を丸くしていたが、ようやくキリシャは自分の手がダフネの手首を押さえつけていることに気付いたようだった。
「ん・・・あれ、僕何かした?」
「寝ぼけていたみたい」
ダフネは微笑む。
「そう」
キリシャはそのままにして、またぼんやりと何かに浸っているようだった。表情は晴れない。
「どうしたの?まだ体はきつい?」
「うーん・・・いや」
キリシャはもう一度小さな欠伸をして、おもむろにダフネから手を離した。
「悪ぃ。あれ、夢見がちょっと悪かったみたい。もう忘れちゃったけど」
「そう」
ダフネはそれ以上何も聞かなかった。キリシャは、先刻ほどではないけれど、やっぱり薄闇にいるような表情をしている。どうしたら晴らしてあげられるんだろう、とダフネは思った。
「ヨーデルは?」
キリシャはあたりを見渡した。髪を掻くしぐさはどこか雑で、綺麗な顔をしているけれど男の子なんだなあ、とダフネは素直に感心する。
「何か用があるからって、森の中に」
「あー・・・そう」
キリシャはふう、吐息をついて後ろ手に背をそらした。
「アー疲れた。ん?あれ?なんか足りないような・・・」
「何が?」
「何が足りないのかな、僕にもよくわからないけれど」
「もしかして、体調がまだ悪いの?」
少し不安になって尋ねるも、それに対してはキリシャは首を振った。
「違う違う。そうじゃなくて、こう、空間に何かが足りないような・・・うーん」
キリシャはふと、ダフネを見ると、ぐいぐいと顔を寄せてきた。至近距離で目を覗き込まれて息ができない。
―な、何!?
「うーん・・・何が足りないんだか・・・うーん」
自分の瞳に答えがあるかはわからないが、あまりこうしてのぞかれるのは居心地がいいものではない、とダフネは気づかされた。
身動きが取れないまま固まっていると、ふい、と右上の方にキリシャの瞳が動く。顔の距離は変わらないけれど、何か別のものに気を取られたようだ。
「あ、鳥」
そう呟く。そちらを振り返りたかったが、首を動かすと確実に頭がキリシャの顔にぶつかりそうで、できなかった。ダフネはぎこちなく笑う。
「そ、そう・・・です、か」
キリシャはまた視線をダフネに戻してにっこり笑った。
「鳥って可愛いよね。僕は鳥大好きなんだ。僕も翼があればいいんだけど。あ、でもヨーデルは翼がなくてもまるで飛ぶように移動するよね」
「へ、へえ・・・?」
どうしようもなくて、そのままの姿勢で周りのものをまさぐる。掌に当たるのは草の切っ先だけだったが、手の甲が何か非常に熱いものに触れた。思わず手をかばう。その拍子に額がキリシャのそれと勢い良くぶつかって、痛かった。キリシャも痛かったらしい。少し悶絶している。やがてもくもくもくと白い煙があたりに充満した。熱かったのは杖だったのだとようやくダフネは理解する。
「こんのクソガキぁああああああ!!」
アビエルは物凄い金切声で怒鳴って、キリシャを突き飛ばした。キリシャはきょとん、としている。
「なんだおめなんだおまえ!!いいが、金輪際浮彫に一手でも触れるんじゃね、理が崩れるわこの大ボケやろめ」
キリシャはまじまじとアビエルを見つめて、なぜかにっこりとした。
「ああ、そうか、うん、納得した。煙が何だか足りなかったんだね」
「ひどの話聞いでたが!?」
「うん。僕はやっぱり、煙の匂いは好きだな。いい匂いだよね」
「何の話だ!!」
「お、落ち着いて、アビエ―」
アビエルの腕を掴もうとして、ダフネは体勢を崩した。ダフネの腕をとっさにアビエルも掴もうと手を伸ばす。けれど、煙が拡散しただけで、ダフネは結局顔面から地面に当たってしまった。少し痛い。
―恥ずかしい・・・!
そうだ、アビエルはあくまで煙なのだ。人の姿をしているから、忘れそうになる。ダフネにはアビエルを掴むことはできないのだ。それを忘れて馬鹿みたいに手を伸ばしてしまった。
恐る恐る顔を上げると、アビエルの表情が目に飛び込んできた。自分の手を見つめている。恐ろしいほど無表情だった。
「・・・ッカリはただのハッカリ」
何かを小さくつぶやく。けれどダフネにはよく聞き取れなかった。代わりにキリシャがにこにこと笑っている。
「うん、そうだね、それがあなたの役割でしょ?今更悲しいのかな?」
「悲しいわげあるかボケボケ」
ふん、と鼻で笑ってハッカリは顔を上げた。怒りは収まったらしい。
うーん、と伸びをして、キリシャは立ち上がった。腕を組み緩い袖に手をすっぽりと隠してしまう。そのままダフネの顔をもう一度上から覗き込んだ。
「この子も・・・ただの記号なのかな?僕が触れたら・・・そうだね、ちょっと待とうかな」
キリシャは少しだけ悲しげな顔をした。
「ダフネがたったお前ごときでどうかなるかボケ。そうそう軟じゃねし、おまえもそうそう強ぐもねわ」
「ああ、そうなんだ。そうだね、もし僕がこの子にとって危険なら、あなたが最初に会ったときに僕を退けるはずだもんね。あれ?でもじゃあなぜさっき触れるなって言ったの?」
キリシャが首をかしげると、ハッカリは顔を真っ赤にした。辺りの温度が少し増す。
「うるせえ黙れこのボケボケ!!」
「うん?いいよ、わかった」
キリシャはにこにこと笑ったままだ。ダフネは口を小さく開けたまま二人のやり取りを眺めていた。話がかみ合っていない気がするのはどうしてなんだろう。
「さ、いぐぞ。もうこごに用はね」
アビエルはふんっ、と言い捨ててくるりとキリシャに背を向ける。
「え?でも、ヨーデルがここで待ってろって・・・」
「そりゃこのボケボケがまだ眠ってだからじゃ。もう目覚ましだ。何の問題もね」
「え、でもやっぱり一人で置いておくのは」
「面倒ごどになるんじゃボケ!!いいがら、さっさとこごを離れろ阿呆!!」
「あ、あの、でも」
ダフネにはキリシャの顔がちょうど真正面に見えていた。
物凄く悲しそうで寂しそうで不満そうな顔をしている。
無言で訴えている。
「ほ、ほら、だって・・・」
もうどうしようもなくてキリシャの方を指し示すと、アビエルは舌打ちをしながら振り返った。そして頭を抱える。
「言いだいこどがあるなら口で言え!!!」
「え、僕しゃべってもいいのかな?」
「何とぼけだことぬかしてんだ消すぞこのやろう」
「でもあなたがほら、黙れって言ったから僕、待ってただけなんだけど」
にこにこと笑っている。
ダフネもさすがに顔が引きつった。まず、アビエルが血管のブチ切れそうな勢いで怒っているのがわかる。そして何しろ、キリシャの物言いが揚げ足を取っているのかそれともただの天然なのかが全く分からない。
―よ、ヨーデル、早く戻ってくれないかな・・・?
と心の中で少し祈ったが、ヨーデルが戻ってもアビエルの機嫌が悪くなるだけだ。もうどうしろというのだ。




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2011/10/16 小説:砂の時計台 第一章 Trackback(0) Comment(0)

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