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2024/04/20

砂の時計台 Ep.2

二、
 
取り残されたまま、ダフネは呆然として少年が消えていった空を見つめていた。
不思議な少年だった。
最初に出会った少年と何処か似ていて、似ていない。
儚げで、柔らかくて、
けれどヒケを見ていると、捕まった魚を思い出した。
もがき苦しみながらやがてぐったりと体はしなびていく。
―また、会えるかしら・・・。
ダフネはぼんやりと、そう思った。
 
ダフネはあれからかなりの時間を、地面にぺたりと座り込み、うつむいてやり過ごしていた。
どこへ行くあてもない。
行くべき目的は見つけたけれど、どう動いたらいいのかわからなかった。
この世界を、ダフネは何も知らない。
それなのに、ヒケはダフネを置いていってしまった。
ダフネはこのひろい青空の下で、ひとりぼっちだ。
―物語だったら、きっとヒケみたいな子が道案内してくれるのに。
ダフネは小さく嘆息して、ふと、どこで自分は物語に触れたのだろう、と思った。
記憶がない。
家族というものがあったはずなのに、思い出せなかった。
自分に言語を教えてくれたであろう人達の顔が、浮かびかけて、霧のように儚く消える。
考えれば考えるほど、自分の中に蓄積されていたはずの記憶という記号が、砂のように溢れていく心地がして、心臓が跳ねた。
―わたし、どうしてここにいるの?わたしはどうして【ダフネ】なの?
ダフネは杖を握りしめる。
ふと、杖が熱を帯びたように感じた。
けれどきっと気のせいだ、とダフネは首を振る。
ずっと握り締めていたから、熱く感じただけだ。
ダフネはそっと、右手を杖から離した。
とても綺麗な杖だ。
まるで、プラスチックのような筒の中で、銀と青、紫や緑のちらちらと瞬く液体、霞みのようなものが流れ浮遊している。
「綺麗・・・」
そっと杖を撫でると、微かに杖が震えた気がした。
「え?」
杖が熱を帯びる。
今度こそ、無視できない熱さだった。熱湯に触れた時のようだ。ダフネは驚いて杖を離してしまう。
転がった杖は、白い煙を黙々と吐き続けた。
「え?どう、どうしたら、か、火事になっちゃう・・・?」
ダフネがおろおろしていると、白い煙はやがてダフネを包み込んだ。むせ返り、ダフネは激しく咳き込む。
「色気ねの」
鈴虫の鳴く声に似た音と共に、誰かの声が聞こえる。
ダフネの肩に、顔を埋めている。
「ひゃあっ」
ダフネは驚いて、彼の胸を突き飛ばした。少年の背中がふわり、と、人間らしからぬ柔らかさでくねる。少年はそのままふわふわと風に流されて、近くにあった木の幹にぶつかった。その衝撃は小さかったけれど、腕が形をなくして煙に戻る。
「あ・・・だ、大丈夫、ですか」
ダフネがオロオロとしながら側によると、少年は、『あー』と、やる気のない声をだした。声と同時にまた鈴虫のような音が響く。少年の喉から、二つの音が同時に出ているようだった。
「あんたが新しダフネぇ?」
「は?え、た、たぶん」
面倒そうな顔でダフネをつま先まで見つめて、少年はふう、と息を吐いた。その息と共に再び小さく鈴の音が震えてくる。
「もうちょさ、しゃきりしてぐんね?」
「は、え、はい?」
とても訛りの強い言葉を話していらっしゃる。ダフネの頭の中は疑問符だらけになった。
鈴の音がかすれたように響いてくるので余計に聞き取りづらい。
「まいか。とごろであんた、何こごでもだもだし」
「え?ええ・・・ええと・・・」
「なだ?」
少年は苛ついたように言い放った。キーン、という音が響く。ダフネは思わず目をつむった。
「あ、あなた、そ、その・・・杖の、杖の妖精さん・・・?か、何か・・・ですか?」
「あァ?妖精?」
「ええ、えええ、ち、違うの?」
「妖精だァ?あんた阿呆か。なっどぐしたわ」
少年はクスクスと笑い始めた。
「ハッカリじゃボケ」
「は、ハッカリ?あなたの名前」
「そなも」
「あ、あなたの言葉、訛りが強すぎてわかりにくいわ」
ダフネは泣き出しそうな声で言った。しかも少年は異様に目付きが悪い。目の下にある隈と、色のない瞳が余計に怖く思えた。
白目と瞳の境目は薄黒の線でわかる。けれど少年の瞳の色は白目と同じで真っ白だった。髪の毛も煙のように白い。とても怖い。背の高さが自分と変わらないから、目線がぴったり一致してしまって、余計に怖い。
「ハッカリの言葉わがらねならあんたがただ慣れてないだげじゃボケ」
「そ、そうなの!?」
「あんたがこな国馴染めば自然ハッカリもあんたと同じよに話せるよるば」
ダフネはハッカリの言葉を頭の中で反芻する。
「わ、わたしがこの世界に慣れたら、あなたも私と同じような言葉遣いになってくれるの?」
「たぶ」
「ど、ど、努力します」
「んだ吃り多ぎなィ。うっどし」
非常に苛ついた様子でハッカリは言い放った。ダフネはまた目をつむる。
「ご、ごめんなさい」
ハッカリは欠伸を噛み締めた。
ダフネは杖をそっと握り締めながらハッカリに向き合う。
「その・・・ハッカリさんは結局何者なの?ですか?」
「さいらね」
「え?」
ダフネは泣きそうになる。
「ハッカリ呼べ」
「え?あ、さん付けはいらないってこと・・・?」
「そ」
ハッカリははにかんだように笑った。
「さづけ気味悪」
「う、うん・・・」
「ハッカリは号」
「ごう?」
「記号、符号、呪号、全でハッカリ」
ハッカリはダフネの杖をとんとん、と指出した。
「あんたが唱うものにハッカリは変わる。ハッカリそれ。あんたの力はハッカリを連れること」
「い、今はどうやって出てきたの?」
「あんたァ、何が不安がって。だどもハッカリ呼ばれでねけんど、なんどなけっきょ出でしまったィ」
ダフネはじんわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。ハッカリは少しだけ頬を初めて目をそらしている。
「ありがとう」
ダフネは顔をくしゃくしゃにした。
「ぶっさいぐ」
「うん・・・あはは」
「ハッカリを呼ぶにはどうしたらいいの?」
「名前呼べば出てこれる。だ、むやみ呼ぶじゃね。ハッカリ混乱すど」
「う、うん・・・じゃあ、普通に話題に出しても、もしかしたらだめなの、かな?」
「だめ」
「え?そ、それ大変じゃ・・・」
「出さなぎゃいが」
「そ、そういうわけにもいかないかもだし・・・」
「ハッカリ使用されれば消える。まだ呼べば出でぐ。今ハッカリ勝手出でぎたせで戻れん。何かづがえ」
「え?ど、どうやって・・・」
「なんでもいいがら願え。どせあんた呪文知らべ」
「じゅ、呪文があるの?」
「ほんどはな」
「ハッカリ、って言葉も・・・そうなの?」
「あだりめ」
「それ・・・」
「いいがら何が願え。ハッカリ疲れた。あがるいのぎらい」
眩しそうに目元を手で覆う。
「ね、願いだなんていきなり言われても」
「おま・・・ボケ」
ハッカリは深々とため息をついた。息を吐くだけで綺麗な音が響いて、羨ましいな、とダフネはぼんやりと思う。
「どごさ行ぎた」
「・・・最終的には、オリヴァロって子のところに行きたいの」
「あんた無理言うねべ?」
「む、無理?」
「ただの一介のダフネが会うる存在じゃね」
「で、でもさっき会ったもの・・・」
「いいが。今までダフネは何十人いだけども、白麒麟と見えたダフネは一人もいね。会っだら壊れる」
「で、でもさっき会ったもの!」
「んなこだ知らん。ハッカリ知らん!」
ハッカリは苛々と言い放つ。
ダフネは俯いた。ハッカリはふう、と息をつくと、少しかがんでダフネの顔をのぞき込む。
「いいが。一つ教え。ほんどは教えちゃいげね。でもあんたあぶなかしが、教える。ダフネは白麒麟の大事なもの。心臓。だども一緒にいだらいかね。白麒麟生きるためダフネ必要だど、ダフネに会だら白麒麟だめ。だども・・・」
ハッカリは苦笑する。
「多分、あんたが会っだの、白麒麟本人じゃなし。だども今までのダフネ、白麒麟の顔すら知らずに消えた。ハッカリすごし興味出だ。なじょあんた見たけなァ?」
「え・・・」
「楽しい」
ハッカリはくすくすと笑った。鈴が転がるように音が響く。ダフネは杖を握った。
「わたし何をしたらいいかわからないもの・・・会えるか会えないかは別だけど、でも、会いに行くって目的にしちゃだめかなあ?」
「なじゃ、あんた何も仕事ねの」
「仕事?」
「変」
ハッカリはうーん、と唸った。そしてふと、思い至ったようにまじまじと杖を見つめる。
「あんたなじょしてその杖見づげだ」
「え?わ、わからないけど・・・ヒケ、っていう子と話してたら、出てきて・・・」
「ヒケ?誰が」
「え?ええと・・・ぎ、銀梟って言ってたような」
「なしな」
「え?」
「銀梟?」
「う、うん」
「意味わがらん」
ハッカリはぽかん、と口を開けた。
「意味わがらん。ありえね。わがらん。なじょ前触れ」
「え?」
「やごっちの話」
「う、うん?」
「で何言うたそれ」
「ヒケ?」
「そうそ」
「ただ生きてればいいって言ったんだけど・・・わたしが食い下がったら、じゃあ何がしたいのかって聞かれて・・・話の流れでオリヴァロに会いたい、ってなって、そしたら、目的ができてよかったね、って・・・」
「ふーん・・・」
ハッカリは眉を寄せて首をかしげる。
「意味わがらんなィ・・・だど別に止めらるった訳じゃなし」
ハッカリは嘆息した。
「んだ好きにすべ」
「う、うん?」
「で、願い何」
「え、き、決めてないよ!」
「早よ決めろし」
「え?ええと・・・ええと・・・」
ダフネは慌てる。
「あ、あの、側にいて欲しいの!だめ?こ、心細くて」
「あァ!?」
「ご、ごめんなさい!」
「はぁ・・・つがれる・・・なんじゃそ」
ハッカリは頭を掻いた。
「その願い叶えっとハッカリ戻れね!!」
「あ、う、うんそうだよね・・・疲れたって言ってたもんね・・・」
「あぁうっどし・・・」
ハッカリは嘆息した。
「いっだ帰っていいが。もさどでもいい」
「え?あ、うん、うんどうぞ・・・!」
ため息混じりにハッカリは一瞬でもとの煙に戻ると、杖の中に吸い込まれていった。そのまま森に静けさが戻ってくる。
杖は何も言わない。
不安になって抱きしめると、ぎゃあ!という叫び声が中から振動で伝わってきた。
「え?な、何?」
『抱ぎしめるなし!』
「え?ご、ごめんね、苦しかった?」
『そじゃねー!!!』
再び杖が熱くなった。ぷすぷす、と奇妙な音が漏れる。まるで機械が壊れたような煙の出方に、ダフネは少し心配になった。やがて顔を真っ赤に染め上げてハッカリが再び現れる。
「いいか!!胸の前でハッカリ抱ぐじゃねえ!!」
「え?は、はい・・・?」
「みったぐね!!」
「ええ?」
真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、ハッカリは苛々したようにため息をついた。
「そんながいたらハッカリの身がもだね。しがだないがらあんたに仲間がでぎるまではこうしてそどいでやる。だがハッカリ疲れやすい。そん時すぐ帰らせろ。その代わり手で持て。杖は手で持て!!かがえるな!!」
「は、は、はい」
「いいが!ハッカリぬいぐるみじゃね!抱ぎ締めるもじゃな!」
「は、はい。あ、あの」
「何だ!!」
「う、あの、さっき、『ハッカリ』っていうのは呪文の言葉と同じだって言ってたよね?」
「言っだ」
それがどうした、という顔でハッカリは首をかしげる。
「でもそうだとしたら、ハッカリ、って言葉を連呼しすぎるとハッカリは疲れちゃったりしないの?」
「は?」
ハッカリは口をぽかん、と開けた。
しばらく沈黙が続いた。ハッカリは落ち着かなさそうに目をあちこちに揺らし、冷や汗さえかいているように見えた。ダフネが、聞いたらいけないことを聞いちゃったのかしらと不安に思い始めた頃、ハッカリはまた音が出そうなほどに急激に顔を赤らめた。怒られるのかと思い、ダフネは反射的に目をつむる。
「お、おま、え、なじょしてそんなごと」
「え?なんでって言われても」
「ハッカリ・・・や・・・その・・・オレそなごと考えだこどながった」
ハッカリはまるでしおれた花のようにうつむいていた。ダフネはその顔を不安げにのぞき込む。
「だ、大丈夫?」
「だ、だいじょぶじゃね!!」
「えっあっ、ごごめんなさい!」
「わがらね・・・あんたなじょ」
ハッカリは首を振った。
「ハッカリ杖に住む。生まれたどきがら杖にいだ。ハッカリとだけ言われできだ。だからそんな可能性わがらね。考えたことな」
顔を真っ赤にするハッカリは、まるで迷子になった子供のようだった。ダフネは微笑んで、なんとなく、そっとその頭を撫でる。ハッカリの肩が小さく跳ねる。
「じゃあ試すだけ試してみようか、ね。が、害があったら大変だけど・・・」
最後の言葉は尻すぼみになったが、ダフネは柔らかく笑っていた。
顔を上げたハッカリの目はまるで本当に、行き場をなくした幼子のようだ。
「なじょで」
「え?なんで、って?こと?」
「そだろ」
「え?だって、その、わたしはただ、その、ひとりじゃ怖いから、友達になりたかったから。だって、その、ハッカリって、名前じゃないのかなって思って」
ダフネは俯く。
「で、でもやっぱりそれがあなたの本当の名前だったら、ごめんなさい」
「名前じゃねだ」
ハッカリは静かに言った。
「ハッカリは・・・もと呪いの言葉し」
「呪い?」
「ある人縛り付ける鎖。唱えれば唱えるほど・・・縛り付ける」
「それは、いいことなの?」
「わがらなくなった」
「そう・・・」
ダフネはハッカリの手を握った。
「名前、付けてもいいかな?」
ハッカリは何故かむっとした。
「ハッカ・・・じゃね、オレに合う名前なじょね!ふん!」
「ええ?そ、そんな・・・」
「なだ」
「え、あの・・・そうね」
ダフネはハッカリをじっくりと見つめた。
「アビエル。アビエルはどうかな?似合うと思ったのだけど」
ダフネがにっこりと笑うと、ハッカリはしばらく静かにダフネを見つめ返し、やがてほんのりと頬を染めて、目をそらした。
「どでも」
「うん、じゃあ決まりね!よろしく、アビエル」
ダフネは心が温まるのを感じていた。とても嬉しい。
とても楽しい。
ひとりじゃなく、誰か側にいると分かるだけで、こんなにも元気が湧いてくるものなのだ。
 
 
 
確かにダフネは何かが違っていた。
それを彼らが知るのは、
もうこの世界が、手遅れに達した全てその時だ―
 
ハッカリ、ハッカリ、
眠れよ眠れ
お前はその目をくださいな
私に全てをくださいな
ハッカリ、ハッカリ、
君は私のために、
この世界を
 
 
 
名は存在の柱となる
 
彼らは皆名前を決められているので
他の可能性に気づけない
他の生き方を知らないのです
 
誰がそうした
皆がそうした
そうすることで、
世界は成り立っている
 
鎖の中で
生きることが幸せだった



 
 
三、へ続く


 
 

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2011/09/01 小説:砂の時計台 第一章 Trackback() Comment(0)

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